ひと昔前の自分なら、創価学会に入会するとは決して思えなかったアルマジロウです。
最初の印象は、文字からして“怪しい”という印象を持ったものです。
「創価学会」という言葉には、強いインパクトを感じますね。
価値を創造するという字ですからね。
そもそも創価学会の人に30歳まで出会ったことがなかったです。
まあ中にはいたんでしょうけど、打ち明けてくる人はいなかったですね。
そんな僕も創価学会に入会して間もなく2年が経とうとしています。
入会までのなりゆきを振り返りたいと思います。
整体師の方に折伏される
※折伏・・・正法(日蓮仏法)を説いて理解してもらうこと
僕が入会したころの時期は、2016年までさかのぼります。
その頃は頭痛や肩こりをはじめ精神不安定などのいくつかの不定愁訴に悩んでいた時期でもあり、とある整体に行き出したころでした。
よく担当してくれた施術者の方と世間話をするようになり、通っていくなかで仲良くなりました。
その方は、ユーモアもあり深い話ができる人で人間的に尊敬できる人でした。
特に印象深かった話は、
”人生も劇と同じで、悲劇か喜劇かは人生の終盤で決まるから、いまはうまくいかなくても気にする必要がない”
”仏教の釈尊の教えでは、山の頂上の景色がよかったと伝えるだけでなくて一緒に山のふもとから山を登るところから付き合って手を貸してあげる大切さを説いていた”
といった話などです。
そんな興味深い話をされましたが、もちろん施術中は創価学会員だという事はわからなかったです。
なんやかんやで、一度食事に行くことになりました。
「最初は、夢や目標ってある?」という内容の話でした。
そこでは具体的な自分の目標や夢を返事することができませんでした。
当時は流されるままに生きていたためです。
どこかあきらめに近い自暴自棄な感じもあり、夢や目標というものは持ち合わせていませんでした。
話の中盤で創価学会員ということを打ち明けられ、動揺したことも事実です。
創価学会という名前は知ってはいましたが、宗教というものにいいイメージが無かったためです。
しかし、尊敬できる人だと感じていたため、とりあえず話を聞いてみることにしました。
話のなかで悩みなどの解決方法など、いろいろ疑問に答えてくれました。
印象に残っているのは、信仰することによって悩みが無くなるのかという疑問に対しての返答で、
”悩みは無くなることはないけど、それを乗り越えられる強い自分になる”
という回答でした。
そんな言葉に少し興味を持ちつつ、その日は解散しました。
会社の同僚の人が創価学会の人と知る
同時期に、よく一緒に帰宅する同僚の方がいました。
年齢は僕より20歳ほど年上です。
よく帰り道に仏法の話をされていましたが、創価学会が日蓮仏法を信仰していると知ったのもそのころです。
その人からも、”蔵の財より身の財、身の財より心の財”の話や”学と行”の話をされていたためよく聴いていました。
心の財の話↓
信・行・学の話↓
いつも「興味深いことを言う人だなあ」と感じていました。
その人は世間的に見ればお金や地位などもあまりない部類ですが、落ち込んだところを見せたことのない人で、弱音を吐かない人でした。
どんな状況でも、こんな元気な人になりたいなと思っていました。
整体で仲良くなった人や、同僚の人格を作った教えに興味が湧いてきました。
少し悩んだが、状況が良くなるならと入会
現在インターネット上では創価学会については罵詈雑言書かれています。
- 金銭の要求がある
- 詐欺まがいのカルト宗教だ
- 脱会が難しい
などです。ですので、やはり入会は悩みました。
信仰する宗教によって”幸せの感じ方、心の充実度に違いが出る”という話が気になっていました。
浄土真宗の仏壇の前で手を合わせても、幸せを感じることができなかったからです。
実際、整体の人や同僚の方が勧める宗教をやってみたらどんなふうになるんだろうという興味が大きくなっていました。
そしてこれもなにかの縁だとも思いました。
仏法について話を聞いていた際に、正しい仏法に出会う確率の低さの例え話があります。
「一眼(いちげん)の亀(かめ)の浮木(うきぎ)の孔(あな)に値(あ)えるが如(ごと)し」
これは日蓮大聖人が書き残した御書の一説で、正法に出会うことの奇跡を例えたものです。
仏様に出会うことは、大変難しいことです。広い海の中で、眼の一つしかない亀が、たまたま浮いている浮き木の孔(あな)にめぐりあって、その孔の中に首を突っ込むことのたとえのように、仏様に出会うことは、きわめてまれなことという内容です。
例えもすごいですが、事実僕自身30年近く創価学会や日蓮仏法について知ることもなかったです。
そして実際創価学会の人に会ってみたら、インターネット上に書かれている内容より実際に会話した人のほうが信用できる結論に至りました。
また入会前に何人かの創価学会員の方とお話しさせて頂いて、状況の逆転を経験した体験談を直接的に生で聞きました。
また奇跡を起こした体験談をいくつか聞いているうちに、自分も試してみようと思えてきたのも事実です。
実家が信仰している浄土真宗にも疑問を感じていました。
葬式や法事には多額のお金を払っていますし、お寺の住職の方の不祥事のニュースもよく耳にします。
当時は悩んでいたのもあり、状況が改善するならと入会しました。
入会をすると御本尊という曼荼羅を頂きます。
その際に、50人ぐらいの学会員の方が集まり全員から盛大に祝福され少し戸惑いました。
たった一人の入会のためにこんな大人数集まることへの驚きと、祝福したい思いがヒシヒシと伝わってきました。
そのときは、「おめでとうございます~!」といろいろな方から言われましたね(笑)
創価学会の考え方
インターネット上では創価学会に入ると、金銭を搾り取られるという情報をよく目にしますので、財務(寄付)についての考え方を伝えておこうと思います。
インターネットに書いてあることも少しは頭にあったので、ことあるごとにお金を請求されるんじゃないかとよく思ったものです。
しかし2年経った今でも金銭の要求はありません。
金銭的な負担は、最初の”5000円だけ”でした。
紹介者の方いわく、功徳を心から実感できてお礼がしたいときにしてもらえればいいとのことです。
また読者の方には創価学会の人から誘いを受けたことのある人も多いかもしれません。
それは創価学会の考え方が”自他ともの幸福”を目指していますので、自分だけ良ければいいという考えではないために行っているものです。
ですので、縁がある人に正しい仏法を説くということをしています。
未知なるものは何でも拒否してしまいがちですが、決してあなたを陥れようとしているわけではないです。
いままで折伏された経験がない方も、いつか創価学会の方から話がある日が来ると思います。
そんなときは、扉を完全に閉め切るよりは少しだけ話を聞いてみると新しい発見があると思います。
新しい発見があると信じたいですね。
創価学会員の人で、悪い人は限りなく0に近いです。
僕とか悪い人に見えますか?(笑)
まあ確かに広告は載せていますが、極悪人とはいえないでしょう(笑)
結論として入会してよかった
ズバリやってみてどうだったかといえば、やってみてよかったといえます。
- 信じるものができた
- 自暴自棄になるような感情はなくなった
- 薬の服用が限りなく減った
- 自殺願望が消えた
- 経験を変毒為薬するためにブログに書くようになった
- 題目を唱えると元気がでる
- 友達ができる
- 人とのつながりができる
- 興味の幅が広がった
- 相談相手ができる
- 器が大きくなる
- 御書は人生の教科書として活用できる
- 演説や会報誌は人生の指南として活用できる
功徳には、すぐに顕れる(あらわれる)顕益とだんだんと効果が出る冥益があるので、まだまだ功徳を享受できると信じたいですね。
顕益・・・すぐに顕れる功徳
冥益・・・だんだんと顕れる功徳
編集後記
いま現在の日本には、18万2000以上の宗教法人があるようです。
この数字には最初驚きました。
そう思うと、正法に出会えたことはラッキーですね。
整体師の方も僕の紹介を終えると役目を終えたかのように、別の医院に転勤になったそうです。
偶然にも新しい取引先の運転手の方が、最近になって真剣に信心をやりだした創価学会員の方です。
共通の話で盛り上がり、いろいろ親近感が湧きます。
これは「あるあるネタ」ですが、新しく知り合った人が意外にも学会員だとかなり親近感が沸きます。
「あーあなたもですか、どうですか信心の方は?」みたいな感じです(笑)
入ってみて思うのは、圧倒的にイヤな人がいないということです。
現実には創価学会員でイヤな人とは、まだ一度も出会っていません。
みんな相談に乗ってくれたり、手助けしてもらったりしています。
世間ではあまり良くないイメージがありますが、すべてがそうじゃないと少しでも知ってもらえたらなとは思います。
コアな話題でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました<m(__)m>
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